
土地と人の記憶を宿したアートが、京都旅行を新しくする
2023年4月、RAKURO京都は「都市と自然」「植物と暮らし」をテーマにリニューアルしました。新設したゲストラウンジ内のボタニカルラボで目を引くのが、アーティストの佐々木類さんが制作した『植物の記憶:北山中川の窓』です。ガラスと植物を素材にして作品づくりをする佐々木さんは、本作のために北山杉の産地を訪れ、みずから植物を採集しました。今回は京都で暮らした経験を持つ佐々木さんに、制作時のエピソードと一般的な観光とは一味違うおすすめスポットをうかがいます。
※撮影は、現在佐々木さんが拠点を置いている金沢市郊外の工房とその周辺で行いました。
『植物の記憶:北山中川の窓』ガラス板に植物を挟んで焼成した作品。養分を通わせた葉脈や土に張りめぐらされた根など、植物の生きた痕跡が灰になって永遠に保存される。素材:ガラス、植物(2023年3月25日に北山中川地区で採取)、LED、スチール枠
人と出会い、土地を知り、作品が生まれた
──『植物の記憶:北山中川の窓』で使われている植物は、どんなふうに採集したのですか?
RAKURO 京都のリニューアルにあたり、「京都の土地の記憶」をテーマにしたアート制作のご依頼をいただきました。私は金沢にアトリエがあり、その周辺で植物採集して制作する案もありましたが、土地の記憶を表現するなら絶対に現地に行くべきだと思ったんです。実際にホテルを訪れると、京都御所に近くて自然は豊かだけれど、都心の雰囲気も強かった。もっとダイナミックな京都の自然を探していた時に、北山杉で知られる北山中川地区を知りました。
この地域で文化的景観の研究をしている本間智希さんをご紹介いただき、一緒に山歩きをしながら植物を採集しました。道中で仕事師や地域の方と出会って、いろんな話を聞いたんです。もし一人で採集していたら「植林された杉の産地」という表面的なイメージから広がらなかったと思います。皆さんと交流したことで、地形に合わせた植林の歴史や天候や風土に結びついた土地の記憶など、リアルな声が聞けました。
本作のための植物採集の様子(2023年3月)
北山中川地区を案内してくれた本間智希さん
──土地のことを知った上で採集するのと何も知らずに採集するのは、どう違うのでしょう。
普段は記憶を介して一人で採集することが多いのですが、今回は偶然居合わせた方々を含め、現場に一緒にいてくれた皆さんと共同で作業した感覚が強いです。多くの植物を採って、最後はその場のその瞬間にしか生まれない植物の花束ができたんです。杉の産地らしく杉も入っていますが、地域の皆さんと出会ったから採れた植物も多い。「自然」と一括りに見れば同じ風景だけれど、誰かの視線が加わることで特別なものになると実感しました。
植物採集で生まれた花束
RAKURO 京都のプロジェクトをきっかけに、共同で植物採集する機会も増えたんです。他者の記憶を掬い上げたり、そこから私の個人的な思い出が生まれて記憶が重なっていくおもしろさを感じています。
北山中川地区から“まだ知らない京都”を知ってほしい
──制作過程で印象に残っていることは?
普段は木製の枠で制作しますが、今回は以前から挑戦したかった金属枠を実現できたことです。ガラスは無機質な印象を持つ素材で、そこに金属を組み合わせてみたかったんです。ガラスの焼成は自分でできますが、金属枠は太さや質感など制作する方との調整が必要です。本作は制作担当者と何度も意見を交わしていく過程で学びが多く、貴重な経験になりました。
焼成直後はとても熱く、数日かけて温度が落ち着いてから取り出す。
※『植物の記憶:北山中川の窓』とは別の作品を撮影
──今も、RAKURO 京都のゲストラウンジでくつろいでいるお客様がいます。佐々木さんの作品を鑑賞している方と会話をするなら、どんなことを話しますか?
RAKURO 京都は京都駅からのアクセスが良く、“THE京都”な観光地にあります。宿泊される方は、この立地を活かして有名なスポットを巡ると思いますが、私は「まだ知らない京都を見てみませんか?」と話してみたいです。作品にも使った北山杉は、住宅建築によく使われています。「もしかしたら自宅の柱が北山杉かもしれないね」なんて話してみたい。作品のタイトルを『植物の記憶:北山中川の窓』にしたのは、窓というものが知らない世界とつながる境界のような役割を持つと考えたからです。この作品をきっかけに北山中川地区に足を運んでみようと思う方がいたら、とても嬉しいです。
RAKURO 京都のゲストラウンジ
佐々木類さんの京都のお気に入りスポット
“京都の茶舗”の印象を変えた『柳桜園茶舗』
京都市役所前駅の近くにある『柳桜園茶舗』が好きです。“京都のお茶屋さん”というと敷居が高くて、素人は軒先であしらわれるイメージがありました。でも柳桜園は気さくに話せるし、普段使いの煎茶からお茶会で使われる抹茶まで揃っています。私は柳桜園に通ううちにお茶に興味を持って、金沢に来てからお茶を習い始めたんですよ。
南禅寺への古道でタイムスリップ散策
京都に暮らしていた頃は、山に囲まれた山科エリアに住んでいました。歴史ある寺社仏閣が多くて、山科聖天から南禅寺に続く山道が印象に残っています。舗装されていない山道を歩いていると、車のなかった時代はこの道を多くの人が行き交っていたのだなと、タイムスリップした気分を味わえます。
谷間の静かな風景で、心をほぐす
『植物の記憶:北山中川の窓』を見た後に、北山中川地区に足を運んでほしいです。観光地ではありませんが、植生が美しくて、風景を見ながら歩くうちに心がほぐれていきます。谷間という地形が北山杉の独特の産業を育んだのですが、その空気感に浸っていると物語の世界に入り込んだような気持ちになれますよ。
※北山中川地区へのアクセス|①京都駅から:西日本JRバス(高雄京北線「周山」行)「京都駅前」→「北山中川」下車(約70分)、②RAKURO 京都から:京都市営バス「烏丸丸太町」または「文化庁前・府庁前」→「丸太町御前通」または「大将軍」で西日本JRバス(高雄京北線「周山」行)に乗り換え→「北山中川」下車(約80分)
佐々木 類
アーティスト
1984年高知県生まれ。身近にある自然や生活環境にインスピレーションを得ながら、主に保存や記録が可能な素材であるガラスを用い、自分が存在する場所で知覚した「微かな懐かしさ」のありようを探求している。北欧やアメリカを中心に滞在制作招聘を受け、国内外の美術館で展示活動を行う。主な賞歴は、第33回Rakow Commission(2019年、コーニングガラス美術館/アメリカ)、富山ガラス大賞展2021大賞(富山市ガラス美術館)。ラトビア国立美術館(ラトビア)、金沢21世紀美術館など作品収蔵多数。近年の主な個展に「Subtle Intimacy : Here and There」(2023年、ポートランド日本庭園/アメリカ)、「雪の中の青」(2024年、アートコートギャラリー)、「不在の記憶」(2025年、WALL_alternative)がある。ニューヨークタイムズ紙や日本経済新聞などで作家特集掲載。2025年9月から開催される国際芸術祭「あいち2025」に参加。現在は、石川県にて制作。