
建築の個性と“洒落っ気”が、心に残るホテルをつくる
KIRO 広島のインテリアデザインを手がけた建築家の田中裕之さん。田中さんは、整形外科病院をリノベーションしたこのホテルで、「ローカルの新しい魅力をシェアする」というコンセプトをどのように空間に落とし込んだのでしょうか。田中さんが空間に込めた思いを聞きながら、デザインのアプローチをたどります。
壊す前に、残すべきものを見極める
──田中さんは、インテリアの色を決める際にハイブランドのファッションカタログからカラーバランスの提案をしました。建築のプロジェクトで、ファッション誌を手がかりに語る視点が新鮮でした。
ロエベとバーバリーのカタログでしたね。パリの建築設計事務所でラグジュアリーブランドに携わっていたので、僕の中では自然な流れでした。ファッションは繊細な色彩感覚とマテリアルの質感で勝負する世界なので、細やかなニュアンスまで伝えられるんです。
パリでは未知の素材に取り組むことが多くて「本当に上手くいくかな?」と先の見えない案件を経験してきました。仕上げを決めるときは必ず実際に使う素材と色を組み合わせて、モックアップ(実物に似せた実物大模型)を組んで確認するようにしています。
──田中さんから見て、KIRO 広島の空間はどんなふうに映りましたか?
3階は、リハビリプールがあった現場を見た瞬間にイメージが浮かびました。ゲストラウンジ「THE POOLSIDE」として出来上がった空間ですが、設計段階では「プールはすべて撤去したほうがいいのではないか」という議論もあったんです。でも、プールの痕跡を消すとリノベーションの意味がなくなるし、空間のPRポイントも消えてしまう。「壊したほうがいい」という視点に対して、どう残していくかを丁寧に考えていきました。
痕跡を残すという話の続きだと、ファサードの「Hサイン」があります。この建物はもともと林病院といって、林のHかhospitalのHかわからないけれど、ファサードにHサインが残っていたんです。ホテルのH・ホスピタリティのHなど様々な意味に捉えられるのが面白いから「Hのサインは残しましょう」と提案しました。意外と気付かれていないKIRO 広島のサインになっていますね。
ひとさじのユーモアがつくる、心地よい空間
──THE SHARE HOTELSのコンセプトは「ローカルの新しい魅力をシェアする」です。館内のどんなところに広島のローカリティを落とし込んだのですか?
共用部はマルニ木工のライトウッドシリーズと叢の植栽を取り入れて、広島ローカルで構成しています。客室は、瀬戸内の温暖な地域を表現したくて、色の濃いチェリー材や構造用の合板を使って南国っぽさを出しています。あと、僕が広島を訪れて印象に残ったのが、海の波と山並みでした。設計に「波打っている感じ」を取り入れたくて、いろんなものを反復させて散りばめています。宿泊される方は、館内の「なみなみ」を見つけて楽しんでほしいですね。
──田中さんがKIRO 広島の現場で話していた「デザインを脱臼させる」という言葉は、ユーモアを大切にする美意識が感じられて印象に残りました。
洒落っ気……ユーモアは出したいですね。笑いって、常識だと思っていることがズレる時に起きるんです。お笑いの設定で言えば、犬の上司に人間が怒られるというあり得ないズレが面白い。僕は、絶妙なずらしの感覚を空間に取り入れたら楽しくなると思っているんですね。笑う瞬間って緊張感が抜けてリラックスするから、空間の居心地の良さに繋がる。そして、居心地が良いってことは去り難い空間ということで、長く使ってもらえる場所になるんです。
KIRO 広島でいえば、1階のコーヒースタンドにずらしの感覚を取り入れました。図面だけ見れば、スタンド前のスツールはコンパクトなものを置きたくなる場所なんです。そこにあえてボリュームのあるスツールを置いて、デザインを脱臼させました。宿泊される方は、繊細なディテールから洒落っ気を感じてほしいですね。
田中裕之さんの広島のお気に入り
ごみ処理を見学する「谷口吉生建築」
広島でお気に入りの場所を一つ挙げるなら、建築家の谷口吉生が設計したごみ焼却施設「広島市環境局中工場」です。ごみ処理は生活の中で不可欠ですが、基本的には覆い隠してしまいますよね。中工場は全てをオープンにして、処理を見学できる作りにしているのが面白いんです。
船で移動して瀬戸内暮らしを体感する
瀬戸内の島を船で巡って、瀬戸内暮らしを体感するのはどうでしょうか。島に住んでいる方は、船で尾道に通勤・通学をしています。満員電車ではなく、海の風を感じながら会社や学校に通うんですよね。船の移動は、瀬戸内ならではの体験ができておすすめです。
使い方いろいろ『NINJA PUNCH』
生口島に行った時に、宿の方が『NINJA PUNCH』を教えてくれました。生の山椒の実を青唐辛子と塩で漬けている調味料です。山椒のしびれと唐辛子の辛さがクセになる美味しさで、餃子のタレなどにして楽しんでいます。
田中裕之 / 田中裕之建築設計事務所
建築家
1976年生まれ。慶応義塾大学大学院修士課程修了後、フランスへ渡りCARBONDALE(Paris)に勤務。帰国後、田中裕之建築設計事務所を設立。リビタが運営する横浜市の街のシェアスペース「BUKATSUDO」や、八戸市で話題の市営書店「八戸ブックセンター」の建築デザインを担当。RICOHの新しい働き方を目指したオフィス「3L」や、鹿児島の畜産飼料販売会社である寿商会が運営するベーカリー、カフェ、チーズ、肉、デリを集約して食のストーリーを可視化させた飲食店「TAKE BAKERY AND CAFÉ」など既存の枠にはまらない、難しいプロジェクトに応えることを得意としている。